ドストエフスキーなんて言わなくてもの991号

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      ドストエフスキーなんて言わなくてもの991号

■ちょうど1ヶ月

 いやはや前回(990回)のメルマガ発行からちょうど1か月であります。『「月刊」自転車ツーキニスト』に成り下がってしまった昨今のヒキタメルマガなんであります。まことに申し訳ない。
 ふーむ、何と言いますか、書かなければならない論文とか、細々した仕事とか、いろいろあって、うーん滞ってしまって、すまぬすまぬなのであります。
 ヒキタ自身は元気です。少なくとも普通に生きております。病気とかじゃありません。

■長目のメルマガ

 でね、なんつーのかね、私のメルマガ、毎度けっこう長目(ながめ)じゃないですか。
 長目だと、読むのも大変だけど、書くのも大変、ということで、ちょっと短くしてみようかなと思い始めてるのです。そもそも「長いメルマガ」ってのが「今っぽくない」って気もしましてね。ナウくないといいますか、短くしないとアジャパーといいますかね。
 そもそも短文しかウケない、というより読んでもらえない。

 そうだなぁ。
 思い出すのは最初ツイッターが出てきたときのことですよ。
 私なんか「文字制限が140字」って聞いて、なんじゃそらー、と思ってしまった。これ、私がいまだにツイッターをやらない理由のひとつなんですが、最初思ったのはこうだ。
「140字って、なに、400字詰め原稿用紙の3分の1程度? え、そんな文字数で何が言えるの、どんな論理が組み立てられるの?」

■そこから年月が過ぎて

 今でもそう思ってますよ。たった140字で何が、って。
 でも、結局のところ、その140字が勝った。
 昨今、色んなところで思うんだけど、少しでも長い文章(今では5行以上が「長い文章」なんですって)だと、なかなか読んでもらえない。140字(というより単に短文)に慣れてしまって、それ以上のものが読めなくなってしまった。
 要するにスマホ画面に入りきるような規模。その長さでないと、面倒くさくて仕方がない。人によってはタイトルしか読まない。それで分かった気になる。“気になる”だけでじゅうぶん。それが今だ。
 若い人を中心に、新聞が読まれなくなった理由のひとつも、じつはそのあたりにある。
 この理由においては、よく言われる若者の保守化や右傾化みたいなものは関係ないと思う。右も左も、新聞レベルの長い文章はそもそも面倒くさくて読まないのだ。
 ましてや本。
 出版不況の主因もホントのところはそのあたりにあると思う。

■論理を組み立てると、ある程度の分量が必要になる

 で、一方で思うのですよ。
 長い文章を常に読みなれておかないと、人間はバカになる、ってね。
 ワンフレーズしか届かなくなると、結局その程度に脳が劣化して、うすっぺらなテーゼしか理解できなくなる。話の奥の奥にある砂金が手にできなくなる。
 たとえばでいうなら『カラマーゾフの兄弟』が言いたいことは、あの長さでないと語れないわけだよ。コレは本気で。

 ……あれ、今気づいた。
 別にドストエフスキーなんて例に出さずとも、原発の「汚染水」放流はんたーい、とかいうのも、根っこをたどるとコレと同じだな。
 汚染水じゃなくて処理水なんだ、その処理水からは何が除去され何が残ってしまうんだ、IAEAはどういう見解なんだ、希釈するってのはどういう意味なんだ、いろんな原発から出る放射性物質はこれこれで、たとえば航空機に乗って浴びるものと較べてどう違うんだ、もともとの自然界の放射線量はどうなんだ、その結果、人間にはどういう影響が生じるんだ…、その他その他。

 と、こうした話を論理立てて考えず、せいぜい140字以内で「原発、危険、放射能怖い、汚染水放流はんたーい」と言って満足してしまう。
 考えようにも脳が劣化してしまってて、拒否してしまうわけだ。
 そういう人たちが大挙して存在する。サイエンスリテラシーいうこと以前に、そもそも理解に時間がかかる「長い論理」が追えない。パリパリの気質もあるかもしれないが、そういう理解力の劣化がある。
 悲しいことだが、それが今。

 あ、また長くなっちまった。


【ヒキタ解釈のオススメ本(たまに非オススメあり)】

『イル・ミオ・チクリズモ プロトンの轍 1989-2006』砂田弓弦レース写真集 八重洲出版

 世界中で自転車のメジャーレースを撮り続けてきた。三大グランツールでオートバイからの撮影が許される数少ないカメラマンのひとり。それが砂田弓弦さんだ。
 じつは私(ヒキタ)は自転車レースにさほど詳しくはない。詳しくないが、こういうスポーツ写真というのは楽しめるな。ものによってはその一枚だけで感動に値するよ。

 大判の写真集というものが、以前ほどはメジャーではなくなったということを、読者諸氏はうすうす気づいているだろう。ひとつにはスマホカメラの高性能化と、それに伴う身近な感じ。もうひとつはそのスマホカメラがムービーも簡単に撮れるようになって、YouTubeや数々のSNSに刺激的な映像が溢れていることだ。
 そうした理由から、次第に人々は紙の本から距離をおくようになり、特に「重い本」を手にとらなくなった。
 だが一方、そうした映像のいずれもがスマホの小さな画面の中に矮小化してしまったのも事実だ。

 そうした現代、こういう大判の写真集とふと出会うと「あ、そうだった…」と思い出すのですよ。
 大きなページに大きな写真がバーンとあり、細かい細かい細部まで写されていて(パンフォーカスだ!)、または選手以外がボケボケにボケる(被写界深度浅っ!)。わ、これこそ写真の醍醐味と思うことが多々ある。

 レモン、インドゥライン、ウルリッヒ、そしてパンターニと、2006年までのスーパースターたちが本書にはこれでもかと登場する。砂田さんはそのいちいちの選手と交流しつつ、同じ空気を吸いつつ、フィルムに収めてきた。そうそう、この写真集はほとんどまだフィルム時代の作品なんだそうだ。

 当然ながら写真は常に止まってる。一瞬が切り抜かれてるわけだ。
 でも、その切り抜いたのがどの瞬間なのか。
 アルプス越えの苦悶、あきらめに近い選手の表情、ゴールの瞬間の歓喜、はやく勝負をかけすぎたときの後悔、そういう「あ、じつはそうだったのか」を切り抜くカメラマンの手腕は、もちろん芸術であり、創造であろう。
 それが大きな印刷物として目の前に展開するのは、スマホとは違う感動をもたらしてくれるはずだ。


【ヒキタ関連Kindle本】
「津波から自転車で逃げられるか」疋田智著・NPO自転車活用推進研究会編集
https://www.amazon.co.jp/dp/B07JCXPGGL
「平成バブル物語 ~60年代生まれのための東京バブストーリー~」(田崎仁志著)
https://www.amazon.co.jp/dp/B07GWRJPZH/

【ヒキタ新刊】
「新・自転車“道交法”BOOK」自転車活用推進法が分かる! 木世(えい)出版社
https://www.amazon.co.jp/dp/4777946207
「電動アシスト自転車を使いつくす本」東京書籍
https://www.amazon.co.jp/dp/4487809878

【好評既刊本】
「自転車“道交法”BOOK」小林成基(NPO自活研)と共著 こやまけいこ:イラスト 木世(えい)出版社
「だって、自転車しかないじゃない」朝日文庫
「おやこで自転車 はじめてブック」疋田智監修 ぼちぼち自転車くらぶ著 子どもの未来社
「明るい自転車質問室」(ドロンジョーヌ恩田と共著)東京書籍
「自転車 困った時の即効お助けマニュアル」成美堂出版
「自転車ツーキニストの作法」SoftBank新書
「ものぐさ自転車の悦楽」マガジンハウス
「自転車会議!」(片山右京・勝間和代・今中大介・谷垣禎一と共著)PHP研究所
「自転車の安全鉄則」朝日新書
「今すぐ使えるクロスバイク図解マニュアル」大泉書店
「ロードバイクで歴史旅」木世(えい)出版社
「自転車をめぐる冒険」「同・誘惑」(ドロンジョーヌ恩田と共著)東京書籍
「それでも自転車に乗り続ける7つの理由」朝日新聞出版
「自転車生活の愉しみ」朝日新聞出版
「天下を獲り損ねた男たち(続・日本史の旅は自転車に限る!)」木世(えい)出版社
「自転車とろろん銭湯記」ハヤカワ文庫
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